eスポーツの熱量を1億3000万人に伝える本ができました:但木一真のeスポーツメディア論

但木一真

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【6月3日10:20更新】
記事初掲載時のタイトルに特定の人名が含まれており、これについてお問い合わせをいただきました。編集部としては問題ない認識でしたが、誤解を招かないことを最優先に考え、タイトルを修正いたしました。

昨年秋頃、NTT出版の山田さんに「eスポーツの本をつくりませんか」と声をかけ、著者を集め、あれよあれよと執筆、編集を繰り返していたら半年近く経っていた。「1億3000万人のためのeスポーツ入門」という本の話である。

先日でき上がった本を手に取って「やっぱり紙の本はいい!」と言ったのは共著者の西谷麗だ。eスポーツというデジタルの申し子のような業界に関する本の“手触り”を評するのは不思議な感じもする。

本書には随分な“強キャラ”が集まった。ウェルプレイドジャーナルでも連載しているライターの謎部えむ、Rush Gamingオーナーの西谷麗、ぷよぷよのプロゲーマーlive、日本テレビプロデューサーの佐々木まりな、弁護士の松本祐輝、Esportsの会の小澤脩人と荒木稜介。現在進行形の日本eスポーツ業界を漏れなく描くために、第一線で活躍する人に節操なく声をかけたら、みんな二つ返事で船に乗ってくれた。ありがたい話である。

出版の理由は「啓蒙活動に飽きた」から

eスポーツ業界について、人前で話をする機会が俄然増えた。

セミナーや会議の中で「eスポーツとは」という話をする。2018年の日本eスポーツ連合(JeSU)発足にはじまり、市場規模や競技タイトル、日本で行われているリーグやテレビ番組、プロゲーマーの実態に法律の話。

一発ギャグで世に出た芸人が「味がしなくなる」という気持ちが今なら良くわかる。繰り返しの中で舌も滑らかになり「オリンピックが」とか「国体が」といった一般向けの話をしていると、本音と建て前みたいなことを思わずにはいられない。

「eスポーツとは」という話をするのは嫌ではないのだが、さして代わり映えのない話で対価をいただくのは申し訳ないという気持ちもある。どんな分野にも入門者は大勢いる。学究の入り口は広く出口は狭い。自分だって「高分子化学」や「キューバ音楽」や「鯨の生態」のことは何も知らない。人類が積み重ねてた来た叡智は膨大だが、個人が勉強できる時間は限られている。「みんながeスポーツを知らない」ということを憂いても仕方がない。

舌が必要以上に滑らかになり、地道な口伝の啓蒙活動を続けるのも多少飽きてきた。入門者にそっと手を差し伸べる役を当分やり続ける所存ではあるが、その際に「こちらもどうぞ」と渡せる教科書があればなお良い。

本は偉大である。自分の知識を文字にしてしまえば、さまざまな人の手にわたり、知識が伝達されていく。文字を発明した人類は口伝の時代には考えられなかったような速度で文明を作りあげた。自分も人類の偉大な発明に乗ろう。

届かない人に届ける――例えば尾木ママにも

昨年の秋頃にNTT出版の山田さんに企画を社内で上げてもらい、年末に本の出版が正式に決まった。そこから著者人がいっせいに執筆を始めた。

最初に第一稿を書き上げたのは自分だ。山田さんに原稿を見せたところ、いささか辛辣なレビューをもらった。

「ハイコンテクストですね」

はいこんてくすと。

第一稿の出だしには「シャドウバース」の大会で劇的な勝利を収めたふぇぐ選手のことを書いた。100万ドルという賞金額もさることながら、最終戦でポセイドンを引き当てたドラマのような試合は2018年を象徴するようなシーンだと思ったからだ。しかし、「シャドウバース」の試合の描写は想定する読者層に求める前提知識が多すぎるとのことだった。

本書は「新聞やテレビ、本といった伝統的なメディアで主に情報を収集する読者」を想定している。インターネットでの情報収集は必要なときだけ、年齢は高めで、普段ゲームをプレイしないといった属性の人である。

eスポーツに関する情報はインターネット上にあふれている。そしてインターネット上の情報は流動的である。タイムラインを流れる情報を取捨選択し、自分なりに整理し、解釈しなければならない。チュートリアルのないバトルロイヤルゲームのようなものだ。普段テレビを見て情報を収集している人にとっては、eスポーツの情報をインターネットから拾い集めることは至難の業である。

先日、教育評論家の尾木ママのブログが話題になった。

「eスポーツって本当にスポーツなの⁈」と題した記事で、子供がゲームに熱中することで脳への影響や学力の低下といったものに対して懸念を表明している。

尾木直樹(尾木ママ)オフィシャルブログ「オギ ブロ」【eスポーツって本当にスポーツなの⁈】

尾木ママが懸念する脳への影響については、議論の真っ只中だ。独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長は、ゲームを過度にプレイする被験者がゲームの画像をみると脳の前頭前野がアルコール依存やギャンブル依存といった症状と同じ反応を示すことを紹介している。またJeSUは2019年5月に「ゲーム障害」に関する調査・研究を行うことを発表している。

ハフポスト日本版【ゲームの依存性に注意。患者の脳に見られる特徴的な反応がアルコール・ギャンブル依存に酷似】

脳への影響はおいておこう。尾木ママの記事にある最初の文章が重要だ。「最近の最大の疑問【eスポーツって本当にスポーツなの⁈】ってことです!単なる【ゲーム大会】と何が違うのかしら!」これは疑問の投げかけであって、eスポーツに対する批判ではない。「知らないから教えて」という叫びである。

インターネットを通じて尾木ママに「eスポーツとはこういうものです」と呼びかけてもたぶん伝わらない。ググって調べることに長けたインターネット強者はブログで「知らないから教えて」とは問わないからだ。eスポーツ業界は尾木ママが情報収集を行う場所に情報を届けていなかった。悲しいことだ。

「新聞やテレビ、本といった伝統的なメディアで主に情報を収集する読者」に向けて、インターネットを流れる情報を整理し、体系化し、ぎゅっとまとめたのが「1億3000万人のためのeスポーツ入門」である。

例えば尾木ママのように、eスポーツという言葉を聞いたことはあるけれど実態が良くわからないといった人に本を手に取ってほしい。また、eスポーツのことを良く知っているけれど、知識を体系的に整理したいという人にも読んでほしいと思っている。

「eスポーツをしたい」人に幸あれ

5月25日に明治大学で出版イベントを行ったところ、100人近くの方に来場いただいいた。ざっと来場者をみると10代、20代といった人が多い。eスポーツというビックウェーブ(ダサい)に乗ろうとする若者が多いことを心からうれしく思う。

「eスポーツをしたい」という願望は「プロゲーマーになりたい」という願望とは違う。

彼らは「eスポーツという新しい業界に加わって楽しく仕事がしたい」と思っている。日本経済は不況だとか、大手企業がリストラだとか、NTTを辞めましただとか後ろ向きな言説が幅を利かせる中で、メディアがこぞって取り上げるeスポーツ業界はきらきらと輝いて見えるのだろう。願望が失望に変わらないように、自分を含めた業界の人たちは薪をくべ続けなければならない。

本書を届けたいのは「新聞やテレビ、本といった伝統的なメディアで主に情報を収集する読者」なのだけれど、明治大学に来てくれたような情報感度の高い若者が、これからのeスポーツ業界を作っていくことは間違いない。

彼らが本を読み、いろいろな形で本を広めてくれることで、最終的に1億3000万人に届けばと良いと思う。必要なのは熱量だ。

eスポーツ業界は凄まじい勢いで形を変えている。昔から業界に関わっている人も、最近業界に関わり始めた人も、その変化の速さを目の当たりにしている。先人が積み重ねてきた成果をないがしろにするつもりはないし、新しいものがすべて良いと言う気もさらさらない。ただ急流に身を任せながら、この状況を生き抜くために必要なことをやるだけだ。

「eスポーツをしたい」という熱量が老若男女に行き渡り、あらゆる企業がゲームの事業に取り組むようになればうれしい限りだ。定年退職後にゲーミングチームの応援団を結成する人が続出し、若い女の子が週末になればゲームの大会に足を運び、外国人観光客がeスポーツ聖地巡礼をする。この本をきっかけに、eスポーツが日本の文化に根付き、誰でも楽しめるエンターテイメントへの道を歩んでくれれば、本を執筆した甲斐がある。

「1億3000万人のためのeスポーツ入門」、ぜひお手に取って頂ければ幸いです。

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記者プロフィール
但木一真
1985年生まれ。ゲーム業界/eスポーツ業界のアナリスト。カドカワにてゲーム業界のマーケティング分析業務に従事。総務省より公表されている「eスポーツ産業に関する調査研究報告書」を執筆したことをきっかけに、eスポーツ業界の専門家としてさまざまなレポートを発表。2019年4月よりフリーランスとして活動をはじめ、eスポーツ業界に関する記事執筆、コンサルティング、イベント・コンテンツのプロデュース業務を行っている。

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