私があえてesportsをディスる理由

和田洋一

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現在のesportsは一方向のコンテンツ

賞金総額2,000 万ドル以上、動員数もリアルスポーツ並み。

派手な報道が続き、esportsがようやく端緒に着いたことがうかがえるこのタイミングで、私は以下のような発言をしました。

「冷凍技術がなかった江戸時代、寿司には漬けまぐろが使われた。脂分の多いトロは、醤油が沁み込まず防腐効果が得られないことから、廃棄されるか畑の肥やしになっていた。今のesportsはこれに近い。早く、新鮮なトロで舌鼓を打ちたいものだ」

ディスって足を引っ張るつもりは毛頭ありません。むしろその逆です。

運用関係者はかなりがんばってくれています。しかしながら、ゲーム産業の大きな飛躍の局面に立ち会いながら、未だ行動を起こしていないゲーム開発側に奮起を促したいと思っているのです。

  • ゲーム会社運営はなかなかに苦労が多い
  • 高騰する開発費を回収するのは困難
  • ユーザーも簡単には定着してくれない
  • 従ってプロモーション費用もうなぎのぼり

気持ちはわからないではありませんが、esportsを効率的なプロモーション、ユーザーのリテンション、広告費という副収入の手段と捉えていませんか。

私がそう言えば、こんな声が聞こえてきそう。

  • え、それは悪いことなんですか?
  • これぞ、トロを活用しているということでは?

私がユーザーに提供すべきと考えるのは、とろけるようなトロの刺身。

現時点での対応は間違ってはいませんが、そのような使い方に止まっていては、トロをアラとして使っているにすぎません。だから、もったいないと言っています。

ゲームの最大最強の特徴は、インタラクティブであることです。

現在のesportsは、ユーザーに対して観戦以外の参加の楽しみを提供しておらず、一方向のコンテンツになっています。

esportsはゲーム産業発展の重要な試金石

さて、なぜesportsが次のゲーム産業発展の試金石になるかについて述べます。

アーケードゲームから始まったコンピューターゲームの歴史は40年以上になりますが、この間、一部マニアの特殊な娯楽から、世界中で認められるエンタテインメントになるまで成長しました。

初めてゲームセンターでポンをプレイしたときは衝撃的でした。インベーダーブームの際には喫茶店にまでゲーム筐体が置かれ、学生はスペースインベーダー、サラリーマンはジャンピューター(発展型が脱衣麻雀)にコインをつぎ込んでいました。

家庭用ゲーム機が発売されてからは、一般家庭にゲームが入っていきます。子供から大人まで、ゲームが自然に受け入れられるようになったのです。

しかし、ゲーム市場の成長はここに止まりません。

それまでは、ゲームをするために、わざわざゲーム機を買って、ソフトも買うというゲーム好きがユーザーだったのですが、プレイステーション2、Xboxは、ゲーム機としてだけではなく、DVDプレイヤーとしても普及しましたため、この頃から映画ファンにもゲームが拡がっていきます。

さらに、任天堂がゲーム人口拡大を訴え、脳トレやWii Fitなど、ゲームらしからぬゲームをリリースして、カジュアルゲーマー層を開拓しました。

カジュアル層を引き継ぎ、より発展させたのがスマートフォンです。最早、ゲームをプレイするための投資は何もいらなくなりました。ハードはもとより、プレイ開始時点ではソフトにもお金がかからなくなりました。ここでゲームのプレイ人口は頂点に達します。

いよいよ天井に来てしまったか。

しかし、よく観察すれば、過去40年のユーザーとは、すべてプレイヤーを前提としていたことがわかります。

私は、ゲーム産業が今後さらに成長するカギはここにあると考えています。

まだフロンティアは存在します。

プレイヤーではない、ノンプレイヤーこそが次のゲーム市場の牽引役になるでしょう。

ところで、esportsそのものは随分前から存在します。

私が本格的に調査したのも10年以上前で、サムソン(当時の韓国リーグ取仕切り)と議論をしたのが最初です。

しかしながら、当時は海外である程度盛り上がっていたとはいえ、やはり、極めてニッチなコアゲーマーを対象としていました。

目下の環境は、10年前とはいささか異なります。

インターネットが浸透し、動画視聴が飛躍的に伸びました。

この波に乗って、Twitchのようなサービスが現れ、YouTubeでの上位もゲーム実況が占めるようになりました。

スマホゲームの普及と歩調を合わせていることから、コアゲーマーではないユーザーも参加し始めています。

まさに時機到来です。

ノンプレイヤー市場の先陣を切り開くのは、esportsだと考えています。

イベントの運営、選手の育成など、関わる人たちの熱量は以前とは比較になりません。

この点については実によろこばしいことなのですが、せっかく飛躍のきっかけを掴みかけているのに、ゲーム開発においてはやるべきことをやっていないのではないかと懸念しています。

繰り返しますが、ゲームの最大最強の特徴はインタラクティブであることです。

esoprtsのリアルイベントも素晴らしいのですが、真骨頂はコンピュータゲームの特徴を活用することだと思います。

実況中継とは、本来双方向に関われるデジタル世界をわざわざ静止画にまでデータを落としてしまい、1秒間に60枚送信していることになります。

改善すべきポイントは、思いつくだけでもいくつかあります。

言い換えればチャンスの宝庫です。

1. ノンプレイヤー向けのカメラの工夫

当然ですが、すべてのゲームはプレイヤーのために開発されています。

現実の野球で、バッターとしてプレイしていると想像してみてください。ピッチャーとの駆け引きをうまく切り抜け打ち返しました。レフトに運んだものの、思ったよりもレフトが良い位置にいたため、ファーストまで全力で駆け、際どいところでセーフ。

プレイヤー本人は必死で、緊張感も達成感もあって楽しくて仕方ないのでしょうが、視聴者としてずっとバッター視点のカメラ越しに流れを見ていても何が起こっているかピンときません。

TVで野球観戦すれば、ピッチャーとバッターとの駆け引きは、バックネット、俯瞰視点とカメラが切り替えられ、加えてストライクゾーンのどこに配球されたかも表示されて、臨場感が伝わってきます。また、俯瞰視点によって、内外野のシフトが微妙に変わることも確認できます。クロスプレーは、第三者視点でアップで楽しめますね。

観戦自体を楽しんでいただくために、ノンプレイヤー用の視点=カメラも設定しておく必要があります。

esportsの素材が、格闘ゲーム、およびスポーツゲームも含めたRTSゲームから始まったのは偶然ではありません。これらのゲームは、プレイヤー視点そのものというよりも客観視点にカメラが設定されています。

もちろん、FPS、TPSタイプのゲームでも、プレイヤー以外のカメラが使えるものが出てきましたが、あくまでもプレイヤーのための補助的なカメラとして機能しています。

プレイヤーが楽しめなければゲームとは呼べませんが、ノンプレイヤーも楽しめるようなゲームの開発にも挑戦する。その第一歩は、カメラの革新だと考えます。

また、ノンプレイヤー向けのカメラがなければ、彼らが当該ゲームに参加し、プレイヤーと直接・間接関わることは困難になります。

現時点ではノンプレイヤーがゲームに関わることはないので論点として浮上していませんが、それでは次の飛躍には繋がりません。

2. 大盤解説の実装

現在のesportsの参加者は、基本的には当該ゲームを理解している人たちです。

私は、これをオフプレイヤーと呼んでいます。純粋なノンプレイヤーではなく、自らもプレイヤーだが、いったん手を止め、より上手な人のプレイを観ているプレイヤーという意味です。

LoLの観戦は確かに盛り上がりますが、プレイ経験がなければ、本当の面白さはまったく伝わりません。

もちろん、そもそも当該ゲームの知識が皆無であれば観戦はできませんが、一般的なゲーム経験さえあれば、ほぼ初見でも楽しめるレベルにまでサービスの完成度が上がると、市場は大化けします。

将棋の大盤解説は興味深いですね。

対戦中継なのですが、プロが別室で、大きな将棋盤を使って実際の一手一手についてわかりやすく解説します。

その際に、「もしもこのときに銀を使っていたら……」といった簡易シミュレーションを行ったり、「この棋士の性格だと、おそらく次はこう指すと思う」といった予測も交えます。

実際に進行する対局のパラレルワールドを展開しているわけで、将棋に詳しくなくても、あたかもシミュレーションゲームを楽しんでいるような感覚になれます。

スポーツバーも参考になります。

「NBA応援行くぞ!」とバスケ好きの先輩に誘われバーに入ってみると、全員同じユニフォーム。唖然としてドリンクをオーダーすると、画面にはスタッツ比較が映し出されている。

怪訝そうに見ていると、カウンターで隣に座っている人が懇切丁寧に数字の見方を教えてくれる。

先輩は、いちいち主力選手のデータをスマホで表示し、うるさいくらいに解説してくる。

応援しているチームが攻撃にまわっているときの熱狂は、これまで味わったことのないものだ。

ルールは詳しくわからなくても、データが命綱となり、熱狂に身を任せることができる……。

現在のesportsは、この観点については、ここ数年で相当に進化していると思います。

ただ、リアルスポーツよりコンピューターゲームが優れているのは、選手たちのプレイの詳細がリアルタイムで把握できるという点。

ゲームデータをもっと活用して、ゲームに補助線を引いてあげるようにすれば、ノンプレイヤーにとって、より親しみやすいエンタテインメントになると考えます。

3. ノンプレイヤーによるゲームへの参加

前述のポイントを別の観点でなぞってみます。

大盤解説の例では、視聴者としてのノンプレイヤーをイメージしてもらいました。

スポーツバーの例では、サポーターのコミュニティーに属する面白さ。つまり、ノンプレイヤー間のコミュニケーションの楽しさが伝わったと思います。

ところが、どちらもプレイヤー、あるいはゲームそのものには関わっていません。声援以外に関わり方はないのでしょうか。

プレイそのものに干渉すれば、プレイヤーにとってノイズでしかないでしょう。プレイヤーとの距離感に留意しつつデザインする必要があります。

この分野でイノベーションを起こした人が、次の時代のヒーローになると思います。

4. 参加環境整備のためのテクノロジー活用

一方向の映像を視聴するだけではなく、ノンプレイヤーも何らかの形でゲームに参加できるようにするためには、環境整備が必要になってきます。

ノンプレイヤーは、クライアントにゲームをダウンロードしてくれないでしょうし、気軽に参加してもらおうと思えば、いつでも、どのような端末であってもゲームに関与できなくてはなりません。

5G以降の世界において、HTML、クラウドの活用が重要になってくるはずです。


以上、思いつくままに、改善余地を書いてみました。

これらはすべてゲーム開発において解決しなければならないポイントです。課題が乗り越えられれば、ノンプレイヤーの市場は一気に立ち上がります。

私は野球はしません。つまり、ノンプレイヤーです。

野球をコンピューターゲームのアナロジーで捉えれば、従前のゲームでは、スタジアムの借料や対戦相手のマッチングに対する手数料を払っていたと言えるでしょう。やや時が経ってアイテム課金が定着し始めたのは、バットやスパイクを買う状態に進化したと言えます。

ところが私にとっての野球は、TV観戦しながらビールを飲むこと、友人とスタジアムへ行ってその体験自体を楽しむこと、スポーツバーでキャップをくるくる回しながらジントニックを飲むことです。マネタイズのポイントが、プレイヤーに対するものとはまったく違いますね。

デジタル世界で完結できるコンピューターゲームでは、これらノンプレイヤーに対するマネタイズをすべて取り込むことができます。

さらに、リアルスポーツでは決して実現しなかった、ゲームそのものへの関わりが設計でき、まったく新しいマネタイズのポイントを創ることができるのです。

esportsの運営については、長日の進歩を遂げたと思います。これに開発側が呼応し、共に当事者になり、新たなデザインの工夫に注力すれば、esportsは大きく成長するでしょう。

それがノンプレイヤー市場創造の起爆剤となって、引いてはゲーム産業を次のステージに押し上げることになると信じます。

記者プロフィール
和田洋一
野村證券を経て、2000年株式会社スクウェアに移籍。2001年社長就任後、2003年4月株式会社エニックスと合併し株式会社スクウェア・エニックス(現、株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス)を発足させる。
2003年~2013年同社代表取締役社長。

2013年社長退任後も、2015年までスマホゲーム及びアジア展開を陣頭指揮。


2006年~2012年CESA会長、2006年~2013年経団連著作権部会長等、各種委員歴任。

2016年藍綬褒章受章。

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