彼女たちはただそこにいる 「誰でも参加できるeスポーツ」という理想への道:なぞべーむトーク【Vol.4】

3月8日は国際女性デーでした。1904年の同日に女性が参政権を求めてニューヨークで行なったデモが起源とされる記念日で、世界中で活躍する女性が称えられ、日本でもさまざまな催しが行われました。
ゲーム業界でも国際女性デーにちなみ、SIEがChoro Choiさんの手がけるPlayStation 4用テーマをリリース、SIE Worldwide Studiosで働く女性社員たちからのメッセージを集めた動画を公開しました。また、Supercellは「クラロワ」のゲーム内にて「女性デー ウルトラレアドラフトチャレンジ」というイベントと「アリーナの女性たちを称えて!」というクエストを開催。僕が出会ったのはこれくらいでしたが、ほかにもいろいろとあったことでしょう。
eスポーツ業界に目をやると、海外ウェブメディアのThe Esports Observerが「Celebrating Women In Esports」という全5本の連載記事において、eスポーツと女性というテーマで非常に有益な議論を展開しています。業界関係者全員が読まなければならない内容だと思います。
一方、日本のeスポーツ業界ではどうだったかというと、国際女性デーに関連した催しや記事はほとんどありませんでした。関心が低いのか、それとも意識する必要もないくらいの望ましい状況になっているのか。残念ながら、おそらく前者でしょう。僕が知るだけでも、女性が嫌がらせや不当な扱いを受けたり、蔑みや暴言を投げかけられたりする話があとを絶ちません。
誰でも参加して楽しめることがeスポーツの非常に大きな価値であると語られます。ところがどうやら、世界でも日本でもまだその理想は道半ばのようです(Riot Gamesの性差別文化に関する記事もまだ記憶に新しいところです)。しかし後述するように、日本で国際女性デーは注目されなくても、多くの関係者がこの課題の解決を図ろうとしています。
そこで今回の記事ではeスポーツと女性に焦点を当て、みなさんもきっと一度は見聞きしたことがあるはずの「eスポーツの発展に女性の参加が不可欠」といった言説が妥当なのかどうかを議論しながら、日本のeスポーツ業界ではどういう取り組みがなされているのかなどを見ていきたいと思います。
※なお、この記事では特に断らない限り「eスポーツへの参加者」という言葉をプレイヤー、ファン、働き手などを含めた広い意味で使用します。
eスポーツの発展に女性は不可欠?
「日本でeスポーツを発展させるには男性中心の構造から脱して女性の参加を促進していかないといけない。だから女性を増やすための施策が必要だ」というのは、あくまでどこかで見たことのあるような言説の一般例ですが、首肯する人は多いのではないでしょうか。
実際、eスポーツタイトルのプレイヤー男女比や大会・イベントの観戦者男女比は関係者の間でよく話題になり、気にかけている人が多い印象があります。そして、女性の比率が高いと驚かれ喜ばれます。
では、現在eスポーツを楽しんでいる人たちの男女比はどれくらいなのでしょうか。Nielsenの調査では男性70%、女性30%とあります(2018年3月発行、2017年のデータ)。ファミ通の調査では視聴者は男性72.1%、女性27.9%で、大会参加者は男性58.8%、女性41.2%です(2018年7月時点)。欧米や中韓では日本より数%多いようです(前掲のNielsenの調査と、VentureBeatの記事を参照。日本語での要約はGigazineに)。
※ここで男性を先に、女性をあとに記述することを躊躇しますが、「男女」という一般的な言葉の順序に従うことにします。そしてこの「「男女」という一般的な言葉」という表現にも戸惑いがあることを告白します。日本語はかくも不自由なのです。
いずれの調査でも男性が多数を占め、女性はおよそ30%から40%くらいのようです。この割合は、僕が大会を現地観戦しに行ったときの観客の男女比と肌感覚でだいたい一致します。ただ、大会やイベントの性質によっては男性がほぼ100%のときもあります。みなさんはこの数字をどう捉えるでしょうか。
ゲームによっても男女比は異なるでしょうが、一般的にゲーマーは男性が多い傾向があります(ゲームエイジ総研による調査を参照)。プロゲーマーに限っても、男性のほうがはるかに多いのが実情です。プロリーグなどの大会番組を観れば一目瞭然でしょう。
こうした状況においては、「eスポーツの発展のためにもっと女性に参加してもらう必要がある」という主張は妥当のように思えます。ですが、何も女性にこだわる必要はないかもしれません。eスポーツが男性に好まれる傾向があるのであれば、もっと多くの男性に参加してもらえるようにすればいいのではないでしょうか。
経済的影響から女性参加を正当化すべく、男性より女性のほうが娯楽への消費額が多いという意見も見聞きすることがあります。「平成26年全国消費実態調査」によると、単身世帯が1ヵ月間で教養娯楽用品(ゲームソフトなど)に支出する金額は男性が3,950円、女性が4,073円。聴視・観覧への支出は男性が2,738円、女性が2,946円となっています。
大きな差はないように見えますが、年間収入は男性が約365万円、女性が約258万円と1.4倍の差があり、今後女性が能力を正当に評価されて収入が増加していくのであれば(そのような社会情勢ですしそうなるべきです)、確かに女性のほうがeスポーツ(ゲームプレイや観戦、ファン活動)にお金を使ってくれそうです。
「eスポーツの発展」に経済的な成長や人口の増加が含まれるのであれば、女性の参加者増は妥当だと思われます。また、「発展」に参加者の多様性の増加や「誰でも参加して楽しめる」という理想の実現を加味すると、女性やその他の人たちの参加者増は不可欠となります。ゆえに、「eスポーツの発展のためにもっと女性に参加してもらう必要がある」という主張は妥当だと言えるでしょう。
女性の参加者増が目的になってはいけない
僕も女性の参加者が増えることには賛成ですし、それ自体に異論はありません。しかしながら、上記の結論をもって「だから女性の参加者を増やすための施策を行なわなければならない」とするのは賛成しかねます。なぜなら、これを叶えるために稚拙な手段を取ってしまうことが少なくないからです。
一時期、プロ野球チームの広島東洋カープを応援する女性ファンに注目が集まり、カープ女子という言葉が作られて持て囃されました。他のスポーツや領域でもカープ女子に続けと女性参加者を増やすための施策が行われたようですが(eスポーツ業界でも言っている人がいました)、まったくもって浅はかというか、嘆かわしいというか。そういう発想をする人に限って「女性がいると見栄えがする、華がある」と言いがちです(これはレッテル貼りでよくありませんが、経験上は妥当に思われます)。
僕はこういう考え方や見方に反吐が出そうになります。東京ゲームショウのブースに女性コンパニオンを大勢起用するのも本当に気持ち悪いです。もちろん彼女たちの仕事を貶すわけではありませんし、自立して誇りを持って仕事をされていることに敬意を抱きます。
でも、女性コンパニオンを起用しておけばたくさん集客できる、ブースが華やかになる、という発想であの景色が生み出されているわけで、そのことについては関係者も考える必要がありましょう(そもそも女性の容姿を見世物にすると集客に効果的であるという文化的・生物学的背景の議論もありますが、そこまでは踏み込みません)。
話が逸れました。「韓国では女性参加者が多いが日本ではそうではない、日本は遅れているから”前進”しなければならない」といった言説も見かけることがあります。先ほど見たように、日本と韓国でeスポーツ参加者の男女比はそれほど違いませんし、必ずしも韓国が先進的であるとは限りません。AFPBB Newsには「ミソジニー横行する韓国ゲーム業界 女性開発者が「魔女狩り」の標的に」という記事もあります。上述の言説の間違いは「韓国では女性参加者が多い」というところで、正しくは「韓国では女性参加者が楽しみやすくなっている」でしょう。その意味では韓国のeスポーツ業界は日本よりも先進的です。
これについてバランスの良い記事を書かれているのが、ライターで通訳としても活躍しているスイニャンさんです。ぜひ読んでもらいたい2本を紹介します。
- 観客の9割が女性ファン、e-Sports先進国・韓国におけるファン文化の実態に迫る(Automaton、2017年3月)
- 【TGS2018】韓国eスポーツ育ちの女性ライター・スイニャンが「東京ゲームショウ」で見た日本のeスポーツの今とこれから(ALIENWARE ZONE、2018年9月)
両記事に通底するのが、女性がもっとeスポーツを楽しめる環境になってほしいという想いです。僕も心から共感します。
であれば、「女性の参加者を増やすための施策」に反対する必要はないのでは? 僕が強調したいのは、すでに女性の参加者が大勢いるので、彼女たちがよりeスポーツを楽しめるようにすること、そして女性がeスポーツを楽しんでいいのだという理解・認識を一般的にすることが大事だということです。その結果として、女性の参加者は自然と増えていくでしょう。
女性の参加者を増やすことを目的にするのではなく、今いる女性の参加者がより楽しく過ごせて活躍しやすい場を作らなければならないのです。そうした場はおそらく男性やその他の人にとっても快適なはず(消極派への配慮が積極派にも有益であるように)。ピンクのマウスはたしかに女性受けするかもしれませんが、それ以前に業界として、1人のeスポーツ好きとしてやるべきことがあるはずです。
ロールモデルはすでにある
前述した連載「Celebrating Women in Esports」やRed Bull Gaming JPに掲載された「eSportsの女子プレイヤー数を増やすには?」でも述べられているように、まずやるべきことは、女性はもうeスポーツシーンで当たり前に活躍し、当たり前に楽しんでいるのだと広く伝えることです。多くの人がもしかしたら「eスポーツは男性中心」と捉えているかもしれませんが、少しずつ状況は変わりつつあります。
eスポーツを仕事にしたい女性も増えているのではないでしょうか。人は誰でも「自分だけかもしれない」という状況にうろたえ不安を覚えます。ですが、先人やロールモデルがいれば心強く自信を持てるようになります。
スイニャンさんや忍ismのチョコブランカさんを筆頭に、日本のeスポーツ業界には昔から活動している女性が何人もいます。たぬかなさん、はつめさん、Temaさんなどのプロゲーマーもいますし、灯環さんのようなキャスターもいます。DISTRICT81 GamingやKacho-Fugetsu、スタダGG! のような女性だけのゲーミングチームもできてきました。
SHIBUYA GAMEで掲載された「eスポーツ女子会で本音トーク!」ではWekidsとRush GamingのCEOである西谷麗さん、eスポーツ番組「eGG」とプロゲーミングチームAXIZのプロデューサーである佐々木まりなさん、毎日新聞社で全国高校eスポーツ選手権を企画した田邊真以子さんが登場しました。記事を執筆したのは日本でほかの誰より多く「PUBG」の記事を書いている綾本ゆかりさんです。
僕がぱっと思いつくだけでも、動画ストリーミングサービスを展開するTwitch Japan、大規模大会RAGEを手がけるCyberZ、「Rocket League」の国内リーグとしてPRIMALを始動させたRIZeSTなどの最前線で、多くの女性が活躍しています(あるいは、していました)。視野をゲーム会社にも広げれば、eスポーツを仕事にしている女性のロールモデルはいくらでも見つかるでしょう(それを伝える人が必要です)。
※編集部コメント:当社ウェルプレイドでも、eスポーツ業務において女性が活躍しています。
彼女たちが女性であることを理由に不当な待遇を受けているかどうかは僕にはわかりませんが、同僚のみなさんもいい人が多いはずなので、そうではないと信じています(ただ、セクハラやそれに類する事案をいくつも聞いたことがあります)。eスポーツを仕事にしている人の男女比は男性のほうが(おそらく)多いものの、新興市場であるがゆえに多様性や柔軟性に富んでいるのがeスポーツ業界です。
理想へ至る道を築く
プレイヤーやファンを見ても、女性の姿はもう珍しくありません。繰り返しますが、日本でも参加者の30%が女性です。大勢の女性がeスポーツを楽しんでいるのは、女性限定大会を見てもわかります。
RAGE 2018 Winterでは「Shadowverse Queen Cup」が開催されました。さらに「レインボーシックス シージ GIRLS’ FESTIVAL」「PUBG GIRLS BATTLE」「eQリーグ」といった大会も次々に開催されています。出場者、観戦者ともに満員御礼です。
性別で出場資格を縛るのは「誰でも参加できるeスポーツ」という理想に反するように思えますが、その理想に至るためにこそ「女性が安心して参加できる大会」が開催されているのです。こうした大会があることで、「eスポーツは男性中心」という見方はさらに払拭されていくでしょう。
業界関係者が女性にもeスポーツを気軽に楽しんでもらえるよう、いかに工夫していることか。読者のみなさんにもぜひ知ってもらえればと思いますし、メディア関係者にはこうした面もより積極的に伝えてもらえれば幸いです。
女性は特別な存在ではない
この記事は、僕が男性であるために非常に男性的な視線で書いてきました。そのことについて言い逃れするつもりはありません。真上の章題「女性は特別な存在ではない」という表現も適切なのかわかりません。ですが、eスポーツに限らず歴史的に男性が支配してきた領域は数多く、そうした領域に女性が参入することをいまだ特別視する向きがあり(「紅一点」とか!)、それを解消していくことは絶対に必要です。
女性限定大会のように、最初はどうしてもそういう反応・施策になってしまいます。けれど、早いうちにそこから脱して、日本のeスポーツシーンにおいて女性が特別な存在ではなくなることを僕は期待しています。もちろん男性も特別ではありません。「誰でも参加できるeスポーツ」が真に実現された世界では、性別などの属性縛りは別の価値を持ちうるでしょう。
冒頭でも書いたように、多くの女性プレイヤーが(特に男性プレイヤーから)攻撃されてきたことは僕も知っています。チョコブランカさんやはつめさんたちへの執拗で愚かな攻撃を実際に目撃していますし、似たような話題を見るたびに悲しくなります。
オンラインでプレイする女性は、自衛のために自分が女性であることを隠す場合も少なくないといいます。EUROGAMERの記事「Apex Legends is a game-changing multiplayer experience for women」では、「Apex Legends」が採用したPingシステムを使うとボイスチャットを使わなくても適切なコミュニケーションが取れて(女性だと知られたくない)女性にとってありがたいと書かれています。
日本のeスポーツ界隈でも、女性嫌悪や女性蔑視の考え方を持つ人がいなくなることはたぶんないでしょう。多くの場合は嫉妬や優越感を得たいことが原因ですが、こうした悪意を跳ね飛ばすには、いまeスポーツ業界にいる人たちが彼女たちとより多くの肯定を共有し、その特別な肯定が必要なくなるようにしなければなりません。
まだ理想には遠いかもしれませんが、彼女たちはただそこにいます。eスポーツをともに楽しむ同志として。
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