選手の “プロさ”を表現するゲームキャスター岸大河の実況論【前編】

WPJ編集部

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esports大会の会場を思い浮かべてほしい。そこには、選手、観客の他にも大会を運営するスタッフなどの関係者がたくさん集まり、それぞれの仕事を全うしている。

今回インタビューしたのは、その中で観客や放送の視聴者に対戦の熱狂を届ける実況、解説を担うゲームキャスター岸大河氏。

キャスターという立場から見たesportsシーンについて話を聞く過程で、彼なりのゲームの見せ方を語ってくれた。

esportsプレイヤーネーム問題

――StanSmith改め、本名の岸大河として活動するようになって1年と少しが経ちました。あらためてその経緯を教えていただけますか?

岸:
もともと本名にしたいとは考えていて、それがたまたまあのタイミングだったというだけのことです。

新聞などの縦読みのメディアに報道されると、英語表記だとすごく長いし、読みにくいこともあったし、結局「StanSmith(岸大河)」とかっこで本名が書かれたりするので、だったら本名で活動していこうというのが理由です。

本名に切り替えることで、自分へのプレッシャーを与えられるのではないかという狙いもありました。

――では、この1年はそのプレッシャーは感じられました?

岸:
本名でなくてもプレッシャーは感じていましたし、正直なところあまり変わらなかったですね。

ただ、今まで「StanSmithさん」と呼んでくれていた周りの方たちが、「岸さん」と呼ぶのが辛いという声はありました。

1年経った今は、演者さんは慣れてるけど、スタッフさんはまだ慣れていない人もいるかもしれないですね。ただ、本名にしたことに確固たる理由があったわけではないので、裏ではStanSmithって呼んでもらってもいいと思ってますよ。

――新聞で自分の名前が書かれるところまで見据えている人って、珍しいのではないかと思います。

岸:
ゲームのプレイヤーネームはそもそも自由なものだから、好きにつければいいじゃないですか?

ただ、人前に立ったり報道されたりすることを想像して、その名前がいいのか悪いのかは考えた方がいいし、この先その名前が浸透するにあたってどういう弊害が発生するのかは間違いなく考えたほうがいいと思います。

呼びにくい名前だとファンがつきにくいみたいなことがあるかもしれないですよね。

――大会の実況などでプレイヤーネームを呼ぶことがあると思いますが、呼びにくい人っていました?

岸:
もちろんいましたし、世の中に出ていくにはちょっとふさわしくないようなプレイヤーネームも見たことがあります。

どの業界でも同じですけど、どういう呼び方をすればいいのか分からないことはあって、それは選手自身が主張する必要はあると思っています。

自分の経験談でいうと、サッカーゲームの実況をするときに、選手名の読み方で悩むことが多いですよ。

今年のワールドカップで活躍したムバッペ選手も、「ムバッペ」なのか「エムバペ」なのか話題になりましたし、サッカー選手の名前問題はしょっちゅうありますね。

――そんなときはどうしてるんですか?

岸:
解説の方と一緒にどう読むか決めています。

ただ、この問題の難しいところは、読むことすら難しい選手がいることなんですよ。

最近加入したユースあがりで試合にはまだ全然出ていない選手とかだと、ゲーム内の実況が収録されていないので読み方を調べなきゃいけないんです。

そして、いざ調べてみるといろいろな読み方がある。ひどいときは、1人の選手で6種類くらいの読み方があって、それを解説と一緒にどう統一するか考えます。

テレビ局によっては準拠する規定があるみたいなんですけど、僕らの業界はそれがないので、僕らで決めていかなければいけない。

例えば、サッカーファンはCSは放送の海外に寄せた名前の読み方を好むので、それを参考にしています。

ゲームをやり込むだけが準備じゃない

――名前問題は今後もなくならないでしょうね。他に、キャスター業で普段から思う辛いところって何かありますか?

岸:
実況って、やりやすくしようと思えばいくらでもやりやすくできるんですよね。言い換えると、サボろうと思えばサボれる部分がたくさんあるんです。

自分が得意なジャンルだからって妥協しようと思ったら簡単に妥協できる。

でも、妥協をしてしまったら妥協したところまでしか自分の力を発揮できない。自分でどれだけむちを打てるかが、この仕事で大事なことだと思います。

――仕事を受けたゲームをやり込むとかですか?

岸:
そうですね。もちろん、ゲームをやり込んで見せ方を考えていきます。

ただ、ゲームプレイとは違うアプローチをすることも過去にはあって、「コール オブ デューティ ワールドウォーII」プロ対抗戦第1回での解説がそうでした。

そもそも、プロ対抗戦の前に全国大学生対抗戦があり、事前にプレイして臨んだのですが、理解度がじゅうぶんでないまま実況してしまった感覚があり、自分の中で申し訳なさが残っていたんです。

そう思っていたところに、プロ対抗戦のお話をいただきましたが、当初は解説ができるほど理解度が深くないので選手やファンの皆さんに失礼にあたると思い、たとえお金を積まれても出演は断ると伝えていました。

ところが「どうしてもお願いできないか?」と依頼をいただいて、自分を頼りにしていただいているし、この人たちと仕事がしたいと思ったので受けることにしました。

――それほどまでに岸さんの実況が必要とされていたと。

岸:
実況ではなく解説で仕事をするのは久しぶりで、どこから手をつけようかと考えたのですが、コール オブ デューティのプロシーンを理解するためにプレイするとなると、武器のアンロックからキャラクターのレベル上げ、対戦してマップを覚えるなど、めちゃくちゃ大変なんです。

なので、オンラインプレイはほとんどやらずに、コンピューター戦でマップを覚えたり、武器の特徴を抑えたり、あとは海外の動画や対戦のスコアを見て環境を理解したり、なぜこのチームが負けたのか敗因を分析したりと、分析をしてメモをする。それをすべて自分の中で吸収した上で解説させていただきました。

とにかく時間がなかったこともあって、これがベストなやり方だと考えたのですが、かなり大変でした。

選手は大会で、考えに考え抜いた成功法とか理論をぶつ合っているわけですから、それを自分で解説できないと、解説者として出演する意味がないですから、そこは妥協できません。

――普通にプレイした方が楽だったのでは……?

岸:
長期的に見たら絶対にプレイした方が楽でしたね。

ゲームプレイで理解した気になっていると、仕事にはまったく役立たない事が多々ありました。仕事のためにゲームをプレイするのと娯楽でプレイをするのは異なります。

「仕事のため」といいながら中身は娯楽になっていて、実況の勉強をした気になってしまう場合が過去にありました。かといって娯楽もしていないと、そもそもゲーム自体の旨味を伝えられないです。

両立させているからこそ実況で喋れるのかもしれません。

【第1回】コール オブ デューティ ワールドウォーII プロ対抗戦

クラロワリーグで感じた思考を伝える難しさ

――他のゲームでも同様に悩みはつきないものですか?

岸:
今はどのゲームも辛い部分はあります。

以前はある程度のレベルの実況を目指して自分を高めていけばよかったのですが、今はそのレベルにはすぐにいける感覚があって、そこからさらに高めていくかすごく悩むんです。

例えば、レギュラーでお仕事をいただいている「クラロワリーグ」だと、もっと面白く見せるにはどうすればいいか、選手の魅力をどうやって引き立てるか、さらに試合展開を伝えることがすごく難しい。

――というと?

岸:
実況を妥協してしまえば、「誰々が〇〇を出しました」「攻めています」「タワー破壊しました、勝ちました」で終わりになってしまうんですけど、もっと細かい動きやユニットを出す場所やタイミング、その正確さについて、選手のすごいところはもっとたくさんあります。

僕はクラロワが大好きで、大好きだからこそ言いたいことがあるんですけど、それを100%表現できていないのが現状だと感じています。

戦略的な深いところは解説が拾ってくれますけど、実況がもっと拾わないと、さらに深い解説ができない。

そう思ってもやもやしながら、世界一決定戦に向けて調整して悩んでいる時期です。

――選手の思考を実況で伝えるのが腕の見せどころですね。

岸:
正解があるものではないですし、突き詰めていったらさらによくしたいという欲望がでてくるので、まだ満足はできてないですね。

あと、実況をしていてよくあるのが、どっちの選手がどのカードを使ったのか分からなくなることです。

例えば、「ザップ」なんかは特にどっちが打ったのか分からなくなります。

――自分がプレイしていないと確かに分かりにくそうです。

岸:
手札と両選手のインターフェイスを見ていれば、どっちが打ったのかは分かるはずなんです。

集中力が切れているか、もしくは目線が違うところに偏っているから見えていないか、そういう目配りができていないのは余裕がない証拠ですね。

話しながら頭で考えてやっているので、視野が狭くなってしまっている。これは課題に感じています。

クラロワリーグ アジア シーズン2 プレイオフ
クラロワ以外にも、サッカーゲームも難しいです。

リアルのサッカーに比べて展開が速いので、ゴールシーンを想像できていないと実況なんかできないですよ。

――サッカーゲームだと、リアルのサッカーの方で実況の参考にすることはないですか?

岸:
表現方法だったり、サッカーファンが好みそうな実況だったりは参考にさせていただいたところがありますが、やはりゲームだと展開が速くてボールの取り合いが圧倒的に多い。

気づいたときにはもうゴールが決まっているなんてこともあるので、常にゴールシーンを想像していないとだめです。

速い展開の中にも、プレイヤーの細かい技術や狙いがあるのに、喋れなかったり解説に振れなかったりする事態にはしたくないから、仕事の前にしっかりプレイして準備しますね。


岸氏は数多くのゲーム大会の実況を担当してきたことから、それぞれの難しいところ、苦労していることを丁寧に語ってくれた。

クラロワリーグの他には、「ファイナルファンタジーXIV」のPvPコンテンツ「ザ・フィースト」を使った大会「リージョンチャンピオンシップ」も手強い仕事だったとのこと。

finalfantasyxivのALIENWARE Presents「The FEASTリージョンチャンピオンシップ 2018」セミファイナル:Elementalデータセンターをwww.twitch.tvから視聴する4対4の対戦形式で、タンク、ヒーラー、遠隔DPS、近接DPSの4種のジョブがスキルを放ち、画面内はエフェクトの嵐に。「ノーガードの殴り合いみたいなもの」だという。
このような実況における難易度の高いゲームでも、自分でプレイしたりリサーチしたりすることで視聴者を楽しませてきたわけだが、いまだにTCGの表現には苦労が絶えないらしい。

手札や場の状況から、与えられる点数を計算して話を展開することはできるというのだが、そこにはもっと奥深い選手の思考が詰まっているのだ。その思考を視聴者に面白く伝えるやり方は、経験豊富な彼でもいまだに試行錯誤している。

後編では、そんな仕事で手を抜かない岸氏が出演するテレビ番組「eGG」の舞台裏に迫る。

写真・大塚まり

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記者プロフィール
WPJ編集部
「ゲームプレイに対する肯定を」「ゲーム観戦に熱狂を」「ゲームに、もっと市民権を」
このゲームを続けてよかった!と本気で思う人が一人でも多く生まれるように。
ゲームが生み出す熱量を、サッカー、野球と同じようにメジャースポーツ同様に世の中へもっと広めたい。
本気で毎日そのことを考えている会社の編集部。

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