「NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2」で出場チームはなぜ本来の名前を出せなかったのか:なぞべーむトーク【Vol.6】

謎部えむ

5月18日(土)と19日(日)、待ちに待った日本野球機構(NPB)主催の「NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2」が開催されました(大会レポートはこちらに)。

みなさん同様、僕もドラフト会議やキャンプ、オープン戦の頃から本大会を楽しみにしていて両日とも視聴しました。会場は満員、同接視聴者数もOPENREC.tvだけで最高約3万人と、その盛り上がりは「スプラトゥーン2」シーン史上随一と言っても過言ではありませんでした。

試合も最高に熱かった。GGBOYZとLibalent Caramariのライバル対決、さらに古豪のGGBOYZと新星のハイパービームが繰り広げた決勝戦はまさに最強チーム決定戦そのもの。ハイパービームが圧倒したことで世代交代かと言われもしましたが、GGBOYZがこのまま終わるはずがないでしょう。

さて、試合のレポートや感想がテーマではないのでここまでにして……すばらしい大会であったのは紛れもない事実ですが、僕はずっともやもやしたものを感じていました。今回はそのことについて考察していきます。

僕が感じていたもやもやとは、大会内でGGBOYZなどのチーム名がいっさい呼ばれず掲示もされなかったことです。

ドラフト会議でチームに球団名が与えられた

この大会の出場チームは「第4回スプラトゥーン甲子園」に参加したチームのうち、「NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2」への出場を希望したチームの中から選ばれました。

実際のプロ野球と同じようにドラフト会議が開催され、各球団がめぼしいチームを選出し、獲得したチームに球団名を冠したのです。その後、この大会においては基本的にもとのチーム名は使用されなくなりました。本大会の放送中も、チームは球団名で呼ばれ続けました。

契約期間中は、オンライン・オフラインを問わず、応募時点のチーム名ではなく所属球団名で活動いただく場合がございますので、あらかじめご了承ください。

応募規約より

 

おおげさな言い方をすれば、これまでどんな活動をし、どういった実績を残し、どれほど多くのファンを獲得してきたチームであっても、NPBが主催するこの大会に出場するにはチーム名を差し出すほかなかったわけです。GGBOYZやLibalent Caramariといったチーム名は隠され、この大会のために新しく球団名を与えられました。

また、大会に出場するにあたり活動にも制限がかけられていたようです(内実は不明ですが)。

選考期間中(2019年2月ごろ〜2019年5月末ごろの大会終了までを予定)においても、オンライン・オフラインを問わず、すべての活動において特定の企業や商品・役務その他一切の宣伝行為を禁止させていただきます。

応募規約より

 

この構図は「千と千尋の神隠し」を彷彿とさせます。千尋は湯屋で働くために湯婆婆に名前を奪われ、千という名前を与えられました。ハクはその後、千尋に「湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ」と話します。

「名前を奪うこと」が重大な要素として扱われる作品は他にもあります。「ゲド戦記」や「DEATH NOTE」もそうですね。現実世界においても、役割や立場に応じて新しい名前を与える慣習は多々あります。宗教では洗礼名や戒名がありますが、これらが始まったとき、そこにどんな意図が込められていたのかを想像するのは難しくないでしょう。

当然、チーム名もまた何かしらの意図があってつけられたものです。名前は指し示す対象のすべてを集約したもので、言うまでもなく大切です。eスポーツシーンにおいてはチーム名は選手のアイデンティティであり、そしてブランドそのものでもあり、その名前で知られていくことで活動の幅も広がっていきます。

ところが、この大会ではその名前が球団名で上書きされてしまったのです。

Team Liquidならこの大会に出ていたか?

各チームが承知の上でこの大会に出場することを決めたのは間違いありません。ただ、そこに100%の納得があったとは言いきりにくいでしょう。

ましてやプロとして活動しているチームであれば、自分たちのチーム名を最高峰の大会で使用することができないというのはなかなかの痛手に思えます。プロとして存在を確立してブランディングをしなければならないのに、大会で名前が出せないとしたら、そこには確実に「頂点に立つこと」との難しいトレードオフが発生します。

もしTeam LiquidやCloud9が国内に「スプラトゥーン2」のチームを持っていたら、この大会に出場したでしょうか。僕の予想でしかありませんが、おそらく出場しなかったでしょう。多額の投資を受けている世界的に人気のチームが、自分たちのチーム名を使用できない大会に出場するとは考えられません。出資者も反対するように思います。

けれども、日本には「スプラトゥーン2」のオフィシャルで大規模な舞台がスプラトゥーン甲子園を除けばこの大会くらいしかなかったことは、歴然たる事実。NPBが主催者として出資し、大会を開催してくれたことはどのプロチームも、そしてファンも強い感謝の気持ちを持っているはずです。最高峰の大会になることがほとんど約束されていたのですから、プロチームにとって出場は必須だったでしょう。

とはいえ、それを考慮したとしても、Team Liquidなら出場しなかったと僕は考えています。だからこそ、今回出場したチームはメリットとデメリットのトレードオフを考えに考えて出場を決定したのだと思います(ネーミングライツ料などはもらえたのでしょうか)。

チーム名とはそれほどまでに大事なものなのです。そこにメンバーとファンが集い、歴史が刻み込まれ、未来が描かれていくわけですからね。

大会で生まれた好意は各球団に結びつくが……?

では、NPBはなぜチームの真名(あえてこう言います)を使用させなかったのでしょうか。1つには、この大会はNPBのプロモーションの意味合いが強かったからだと思われます。「スプラトゥーン2」のプレイヤーや各チームのファン、大会の観戦者にプロ野球を知ってもらいたいという狙いがあったということです。

だとすると、NPBにとってはチーム名よりも球団名を知ってもらうことのほうが重要です。いえ、チームや選手に対するリスペクトは間違いなくありました。それは大会を観れば一目瞭然です。

しかしそれでも、この大会はNPBの目的のため、NPBの文脈に沿って開催されたのです。例えば、GGBOYZのたいじさんは意図せず本名が新聞に掲載されてしまったと話していました。本名の記載はプロ野球では当たり前のことですが、ゲーム(eスポーツ)の文脈ではあまりないことです。

多くのことがNPBの思惑で進んだというのは、主催者の権利なので当然です。そしてお金を投資する分、結果を求める必要があります。そのために、またNPBが主催するということで、ドラフト会議やチームに球団名を冠するというのは”粋”な演出ではあったでしょう。

ただ、チーム名を大会から消し去ってしまうことが本当にベストだったかどうか。僕はかなり違和感がありますが、みなさんはどうでしょうか。

NPBに「名前を奪う」とか「チームを乗っ取る」みたいな意図があったわけではありません。それは絶対に違います。でも、NPBの目的と文脈に寄せすぎた結果として、「スプラトゥーン2」のプレイヤーとファンが築いてきたシーンの盛り上がりをNPBが横から刈り取ろうとしたように見えなくはない、ということです。

正直に申し上げると、公式サイトのチーム紹介ページは絶句しました。チームの実績は書かれているのに、チーム名が記載されていないのです。Libalent Caramariが残してきた成績がオリックス・バファローズの「スプラトゥーン2」チームの実績にすり替わっているかのようです。

もちろん既存のファンであれば、2438学園さんがいるチームはLibalent Caramariだとわかります。たいじさんがいればGGBOYZです。テルミさんならハイパービームです。観戦者が抱いた好意は彼ら自身、そしてチームに還元されます。

では、GGBOYZを知らないプレイヤーがこの大会を観戦して、たいじさんのプレイに感動したとしましょう。そこで抱かれる好意が向く先はGGBOYZに対してではなく、福岡ソフトバンクホークスに対してです。GGBOYZの選手たちのがんばりがGGBOYZに還元されないのです。

しかも、「スプラトゥーン2」のチームとしての福岡ソフトバンクホークスはこの先も引き続き活動していくわけではありません。なので、この大会で福岡ソフトバンクホークスという「スプラトゥーン2」チームを好きになった人は、「もう活動しないんだ」と関心を失ってしまうかもしれません。活躍した選手のことを調べてGGBOYZにまで辿り着く可能性はどれほどでしょうか。

この大会自体はおおいに盛り上がりましたが、そこにいかなる問題が潜んでいたか、理解してもらえたのではと思います。オールスターのような一夜限りの饗宴だったと考えれば納得はできますが、それにしては長い一夜でした。

シーンとコミュニティに寄り添うこと

そもそも、この大会を通して福岡ソフトバンクホークスを好きになったとしても、それはあくまで「スプラトゥーン2」が好きだったからです。そこからこの大会本来の狙い、プロ野球に関心を持つまでに至るのかどうか。少なくとも継続的な活動がなければ難しいでしょう。「スプラトゥーン2」からプロ野球は実際問題、遠いのです。

そこを繋げていくのが継続的な活動です。これがキーワード。この視点に立てば、よりベターなやり方があったように思います。

例えば、チーム名はそのままに、ユニフォームは球団のものを使用して「チーム名 Powered by 球団」や「チーム名 with 球団」のような形にするとか。そうすれば、この大会が終わったあともチームと選手は活動していきますから、球団とはうっすらとでも繋がったままでいられます。それがいいかどうかも議論する必要はありつつ、お互いにメリットがあるはずです。

そうした継続性が今のところ見えてこないのは、NPBが今後eスポーツを取り入れていくかどうかの試金石の1つとしてこの大会を開催したからでしょう。ですが、チームのほうは「スプラトゥーン2」に最大限のリソースを注ぎ込んでいます。そこで生み出してきた成果を”横取り”されたのではたまったものではありません。「”これからも”eスポーツシリーズをよろしくお願いします」というMCの言葉が現実になればいいのですが。

一方で、ファミ通.comや日刊eスポーツなど、この大会を伝えてくれたメディアがチーム名と球団名を併記していたのには中の人の心意気を感じました。タイトルが持つシーンとコミュニティに寄り添うとはまさにこのことでしょう。

なぜ任天堂がOKしたのか、謎は残る

NPBが悪者のように見えてきているかもしれませんが、それは適切ではありません。悪意はなかったはず、と僕は信じています。

また、僕はもう一方の可能性――「スプラトゥーン2」のほうが競技シーンを必要とし、そのためにNPBを必要としたという可能性のほうが大きかったのではないかと疑っています。この大会はNPBが「主催」ですが、勝手に開催したのではなく任天堂が「協力」に名を連ねています。そう、ここで疑問に思うみなさんは実に真っ当です――いったいなぜ任天堂がチーム名を消すことを了承したのか?

任天堂が上述してきたチーム名の重要性をよもや認識していなかったとは考えにくい。もし認識していなかったとしたら、「スプラトゥーン2」の競技シーンをあまりに軽視しているとさえ言えます。しかし、だとすればこそ、任天堂がチーム名を掲示しないことを了承したのはなぜなのか。任天堂が、「スプラトゥーン2」が競技シーンとチーム、そのファンをNPBに……?

この論理を支えるのは、任天堂が「第4回スプラトゥーン甲子園」後に独自に大会を開催しなかったこと、あるいは競技シーンを発足させなかったという事実です。ただその意思がなかっただけかもしれませんし、なんらかの理由でできなかった可能性もあります。はたまた、NPBと手を取ったほうが利益が大きかったのかもしれません。その利益はGGBOYZやLibalent Caramariという競技シーンを支えてきた人気チームの名前を消し去ることよりも大きかったのでしょうか?

事の真相はわかりません。ただ、いずれの場合でもチーム名が掲示されなかった事実に変わりはなく、NPBと任天堂の狭間でチームが割りを喰ったと捉えることができるでしょう。どの説が正しいのかはわからなくても、少なくともチーム名が消されるなんてことは認められていいはずがありません。

さて、この先の結論はみなさんにお任せします。皆さんは「スプラトゥーン2」とNPBの関係、そしてこの大会についてどう考えるでしょうか。あるいは、チーム名についてどんな意見を抱いたでしょうか。

ということで、ここまで僕が「NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2」に抱いたもやもやを考察してきました。何度も繰り返しますが、その人やその集団の活動はすべて名前に蓄積していくので、名前はやっぱり大事なのです。

みなさんもどうか、現世をさまよう湯婆婆に名前を奪われませんように。

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記者プロフィール
謎部えむ
2016年から個人でesports業界向けのメディアとして「happy esports」を運営。業界分析やマーケティング手法、関係者インタビューなどをテーマに記事を書いている。esportsプレイ遍歴はまばらだが、大会はほとんどのタイトルを観戦。
【happy esports】https://note.mu/nasobem
【Twitter】https://twitter.com/Nasobem_W

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