お笑い芸人兼「スプラトゥーン」トッププレイヤー・西澤祐太朗のルーツに迫る【前編】

2015年5月にWii U専用ソフトとして発売された、インクを撃ち合うアクションシューティングゲーム「スプラトゥーン」。シンプルなゲーム性と奥深い戦略性を兼ね備えた本作は、瞬く間に任天堂の看板タイトルに成長。そして2017年7月には、Nintendo Switchで続編となる「スプラトゥーン2」が発売され、国内累計販売本数250万超えという偉業を成し遂げた(2018年8月現在)。
各所ではスプラトゥーン2の発売を機に、プロチーム及びプロリーグが発足。洗礼されたプレイと驚くようなチームワークで多くのユーザーを沸かせている。本稿では、その中のチーム“Libalent Calamari”の西澤祐太朗選手にインタビューを行った。
西澤選手はチーム所属として試合や配信で活動しているだけでなく、お笑い芸人としての一面も持ち合わせている。社会人プロゲーマーとして活動している選手は少なくないが、その職業がお笑い芸人というのは異色といえるだろう。
なぜ、お笑い芸人の彼がプロesportsチーム所属になったのか。インタビューでは、その詳しい経緯を赤裸々に語ってくれた。彼が二足のわらじを履く理由、これからプロゲーマーを目指したいと考えている人には、ぜひ一読してもらいたい内容になっている。

青森県出身。お笑いコンビ「裏切りマンキーコング」として活動するなか、プロesportsチーム「Libalent」のスプラトゥーン2部門「Calamari」に所属。お笑い芸人初のプロゲーマーとして、多数の大会実績及びイベント登壇、ゲームの解説・MCを務める。なお、ゲーム実況の際は「2438学園」という名前で活動。
Twitter:@kong_2438gakuen
YouTubeチャンネル:Ch裏切りマンキーコング
【大会実績】
- The Inkergalactic Cup An International Tournament 優勝
- オフライン大会SQUARE CUP 優勝
- 第三回スプラトゥーン甲子園中国予選 準優勝
- 第三回WFB杯 優勝
- 第三回スプラトゥーン甲子園オンライン代表決定トーナメント 準優勝
- SplatChampionship 2018 Winter 準優勝
将来の夢は“ゲームのお兄さん”!?
芸人兼プロesportsチーム所属の理由とは
――:西澤さんはプロesportsチーム「Libalent Calamari」とお笑い芸人の二足のわらじを履いていますが、そもそも芸人になろうと思った経緯はなんだったのでしょうか。
西澤:
ルーツとしては、高校生のころに文化祭で友だちと漫才したことですね。加えて、当時は「ドラゴンボール」のベジータのモノマネでおなじみのR藤本さんがネット番組をやっていて、「好きなことをやっているなー」と思ったのもきっかけの1つです。
それを見て「自分も好きなことで仕事していいんだ」と思い立ち、「ゲーム関係で仕事をするなら芸人はありじゃないか」とこの道に進みました。
――:では、芸人になったのはゲームで仕事をするためなのでしょうか。
西澤:
そうかもしれません。ゲームをどうにかして仕事にしようと思っていましたからね。すでに20歳で芸人として活動していたので、それからは仕事につなげるために、新旧いろいろなゲームタイトルを触るようになりました。
――:思えば昔から芸人さんがゲームの企画に参加することは多かったですよね。
西澤:
当時は「ゲームセンターCX」(※)がめちゃくちゃ流行っていたじゃないですか。ゲームのTVCMにも芸人がたくさん起用されて、ゲーム関係の仕事をするなら芸人になるのが一番手っ取り早い……と思ったのです。今のようなYouTuberという職種もありませんでしたし。
※ゲームセンターCX:フジテレビワンツーネクストのフジテレビONEで放送されているゲームバラエティ番組。2003年放送開始。番組内容は、お笑い芸人のよゐこの有野晋哉さんが、毎回異なるゲームソフトに挑戦していくもの。ゲーム実況の先駆けとして一世を風靡した。
もちろん、芸人としてもしっかりネタをやっていましたよ。「これで売れてゲームもできたら最高だな」という感じでつづけていました。ただ、今は芸人よりもゲームに寄せた活動にはなっていますけどね(笑)。
――:ちなみにコンビ名の“裏切りマンキーコング(※)”の由来は、やはりドンキーコングからでしょうか。
※マンキーコング:スーパーファミコン用ソフト「スーパードンキーコング」に登場する敵キャラクター。ステージ3-4「うらぎりマンキーコングの森」に現れるコング族の仲間。
西澤:
そうですね。見た通りドンキーコングから取っています。コンビ名はゲームに関するものから取りたいと思っていたのですが、名称をそのまま使うのはまずいかなと思い、最初の1ヵ月は“裏切りファンキー”という名前にしていました。まあ、結果的に大丈夫そうかなと感じて、“裏切りマンキーコング”にしました。
――:スーパードンキーコングに出てくるタルを投げてくる敵ですよね。あえてそのキャラクターにした理由はあるんでしょうか。
西澤:
なんででしょうね……。いや、なにか引っかかるものがあったんですよ。ちなみに、ほかの候補としては“クレムリン軍団”というのもありました。
――:どちらにしても、ドンキーコングの敵キャラ関連なのですね(笑)。
西澤:
はい(笑)。とにかくドンキーコングが好きだったので、そこから取りたいという思いが強かったですね。その後、ありがたいことに「マリオテニス エース」の番組に出演させてもらいました。
――:ある意味、“ゲームで仕事をする”を実現されていますよね。任天堂から公式MCのお話が来たときいかがでしたか。
西澤:
お声がけいただいたときは、すごい嬉しかったのですが、「大丈夫なのかな……」と思いました。任天堂さんってタレントを起用すると思うのですが、当然売れている方が対象ですよね。そこで自分たちで大丈夫なのか……という心配がありました。
――:おそらく、経緯としては「スプラトゥーン」の活動からだと思います。
西澤:
そうだと思います。その活動を見て声をかけてくれたのは、本当に嬉しいですね。芸人になってゲームの仕事をするのは1つの目標だったので、それは達成できたかなと。しかもそれが任天堂さん。……もう芸人を辞めてもいいかなと思っています(笑)。
チートを使うプレイヤーを返り討ちにするスーパーテクニックで、視聴者を沸かせた。
西澤:
よく周囲には「芸人辞めればいいじゃん」っていわれますね。でも、芸人の活動も楽しいし、なにより選手になるときには芸人を糧にしたいですし、芸人では選手だったことを糧にしたいと思っています。
――:ということは、なにか目標は明確にあるのでしょうか。
西澤:
高橋名人さんのような“ゲームのお兄さん”になりたいです。ゲーマーであり、タレントであり、唯一無二な立ち位置だと思います。でも実際には、そのなり方ってわからないじゃないですか。だからこそ、芸人をやりながらそのポジションを追い求めています。

決して冗談めいたことをいっているわけではなく、その眼差しは真剣そのものだった。
「スマブラ」地元No.1 しかし上京すると…
――:トッププレイヤーとしての西澤さんの原点も探れればと思います。そもそも、ゲームに初めて触れたのはいつ頃でしょうか。
西澤:
あまり記憶にはないのですが、恐らく1~2歳だと思います。というのも、家にある一番古い写真で、僕が初代ゲームボーイでミッキーマウスのゲームを遊んでいるのです。それが最初にゲームに触れたタイミングですね。
――:家族がゲームをされていたということですか。
西澤:
親はそうでもないのですが、母方のおじいちゃんがすごいファミコン(ファミリーコンピュータ)で遊んでいて、それをずっと横でみていましたね。姉と妹もいますが、ゲームは自分しかやっていませんでした。
――:その後もゲームには触れつづけてきたのでしょうか。
西澤:
ゲーム以外にも、小学生ではアイスホッケー、その後はサッカー、高校では軽音部と、思えば本当にいろいろなことをやっていましたね。長いことゲームもやっていましたが、中学生のころは部活や勉強が理由で離れている時期でした。
――:当時はどんなゲームをされていたんですか。
西澤:
小学校では友だちと集まって「大乱闘スマッシュブラザーズ(以下、初代スマブラ)」(ニンテンドウ64)をやっていました。結果的に地元では負けなしでしたね。
高校生のときに、またスマブラをやるようになったのですが、そこでもまた一番強くて、それをきっかけに本格的に練習するようになりました。
――:スマブラがゲームをやり込むきっかけだったのですね。
西澤:
はい。高校3年生のころには、全校生徒の中で一番強かったですね。その後も青森の大学の大会に参加するのですが、そこでも負けることはなく「青森には強い人はいないな」と思って、オフ会に参加するために上京しました。
そこで初めてボコボコに揉まれて「東京にはこんな強いやつがいるのか」と界隈の広さを知って、それから毎週のようにオフ会に行くようになりました。ようやくオフ会の大会で勝てるようになったのは、20歳を超えたあたりですね。
――:ちなみに「スマブラ」シリーズは複数ありますが、初代の64版以外はプレイされていましたか。
西澤:
ほかのタイトルも触っていましたけど、競技としては「初代スマブラ」をずっと触っていました。
――:当時の持ちキャラはドンキーコングだったそうですが、これは結構珍しいキャラクターじゃないでしょうか。
西澤:
もともと、キャラクターは一番強いといわれているピカチュウを使っていたのですが、それで勝ってもキャラの性能に頼っている印象が強かったので、あえて一番弱いといわれているドンキーコングを使っていました。
メンバー集め含めて自らで“プロチーム”を立ち上げ
――:その後プロチームの種目となる「スプラトゥーン」に出会うことになりますが、スマブラではなかったのですか。
西澤:
はい。スプラトゥーンの発売前は、ちょうどYouTubeやニコニコ生放送などでゲーム実況が流行っているころでした。自身も昔から動画を投稿していましたが、スマブラはそこまで再生回数が見込めなかったのです。
そんなとき、2014年のE3で初めて発表されたスプラトゥーンのPVをみて、「これは流行る!」という確信のもと、発売日に購入しました。スプラトゥーンの発売を機に、本格的にYouTubeで動画投稿を始めましたね。
――:ちなみに、それ以前はFPSやTPSジャンルの経験はあったのでしょうか。
西澤:
小学校のころにニンテンドウ64の「007 ゴールデンアイ」や「パーフェクトダーク」を触っていたのですが、そこまで得意なジャンルではありませんでした。最初はクリアリング(※)という言葉すらわかりませんでした(笑)。
※クリアリング:FPS及びTPSにおいて、「敵が隠れている(または出てくるかもしれない)場所」を確認していく行為。敵がいないことを確認し、安全な場所を広げていくために必要となる。スプラトゥーンでは、インクの中に隠れている可能性もあるため、塗りつぶしながら敵がいないかを確認していく。
――:では、慣れていない状態からのスタートだったのですね。
西澤:
とはいっても、最初は好きでやっている感じでした。発売3ヵ月で1,000時間遊んでたんですよ。Wii Uでは、自分のプレイ時間を月ごとでみられるのですが、ある月では姉の結婚式があった日以外全部プレイしていましたね。

初代スプラトゥーン発売から3ヵ月目の2015年8月、西澤選手のプレイ時間。
この8月だけで総プレイ時間は300時間越え。そのほとんどがスプラトゥーンに充てられたという。
――:それだけやり込んだ結果があって、今の実力が身に付いたということでしょうか。
西澤:
上達に関しては、まずはプレイ時間だと思っています。ひたすらやりつづけて、そこから考えながらやっていくという段階に移る感じですね。考えることも大切ですが、時間が足りてないのに考えても意味がないので、まずはプレイすることが大事です。
――:発売からしばらく経って、徐々に公式からもesportsに向けた取り組みが始まってきましたが、そのころから大会に参加されていましたか。
西澤:
正直、最初のころは大会などにはあまり興味がありませんでした。YouTubeを始めて、再生数も付いてきて、芸人の仕事も増えていたので、実はそこまでストイックにやっていなかったのですよ。
――:では、プロチーム所属に気持ちを切り替えたターニングポイントはどこにあったのでしょうか。
西澤:
スプラトゥーン2が発売するタイミングですね。「これからはプロチームの流れが絶対に来る」というこれまた確信のもと、早いうちに先手を打っておこうと思い、メンバーを集めてLibalentに声をかけました。
――:“声をかけられた”のではなく、西澤さんからプロチームの提案をしたのですね。
西澤:
そうです。仕事としてLibalentの会社に行くことがあり、その際に社員の方に話をしてみたら「募集を行うので応募してくれ」といわれ、集めたメンバーで応募した形です。そうして出来上がったのが、「Libalent Calamari(リバレント カラマリ)」(※)です。
※Libalent Calamari:Libalentのスプラトゥーン2部門のチーム。「2438がくえん選手」こと西澤祐太朗さんをはじめ、第2回Splatoon甲子園優勝チームの選手である「あとばる選手」のほか、「ぴょん選手」「くろすっω・)つ選手」というゲームスキル、人気ともにトップクラスの選手たちが集まる。
まもなく1回戦!カラマリファイト!#Libalent #Calamari pic.twitter.com/4qMCKN18Yh
— Libalent (@TeamLibalent) 2017年11月23日
――:実際に今のメンバーに声をかけたときはいかがでしたか。
西澤:
最初に声をかけたのはくろす君でした。彼は初代スプラトゥーンのころからの知り合いでしたので、スキルも高く実績もあり、プレイに華もあるというのを知っていて、声をかけました。経緯を話したら「いいよ」と返事をもらえました。
次にあとばる君です。2のオフラインの大会に実況で参加した際に、彼が解説に呼ばれていたのです。人前で喋れるし、実績も申し分ないということで、絶対に必要な人材になると思い声をかけました。
そして最後のぴょん君は、チームとしての戦略を考慮したときに合致したのが理由でした。そもそもオンライン対戦のゲームは、アップデートなどで環境がどう動くかわからないじゃないですか。それに対応するために、武器は満遍なく使えないと困るときが来ると思ったのです。
そこで、現状のメンバーに足りていなかったチャージャーを使える人物として、ぴょん君に声をかけました。彼もひょうきんな性格なので、ただ一言「やるー」と返事をしてくれました。
――:そういう意味では、今のチームメンバーは寄せ集めではなく、バランスや戦略も含めてかなり熟考されているのですね。
西澤:
えぇ。また、強さもありますが、人気があるなどのカリスマ性も考慮しています。
お笑い芸人兼プロesportsチーム所属。二足のわらじを履く理由に、自身の夢への実現があった。自ら提案し、そして強豪プレイヤーを集めたプロチームにおいて、どのように実績を重ねていったのか。後編記事では、西澤選手によるスプラトゥーンにおけるテクニックをはじめ、競技性の高さについて伺った。
お笑い芸人兼トッププレイヤー・西澤祐太朗の「スプラトゥーン」上達の心構え【後編】

得意・お気に入り武器、チーム戦の立ち回り、ギアの活用方法など、スプラトゥーンのトッププレイヤー・西澤選手に訊くテクニック集。そしてプロ意識の高さが垣間見れる瞬間も。
©2017 Nintendo