マリオカート名人・NOBUO 世界大会6度優勝の軌跡【前編】

WPJ編集部
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国民的レースゲーム「マリオカート」シリーズ。ゲームに造詣の深いWELLPLAYED JOURNAL読者はもちろん、普段あまりゲームで遊ぶことのない方でも、年代やハードは異なれど一度は触れたことのあるタイトルではないだろうか。

中でも「マリオカートWii」は、ビデオゲーム史上世界で最も販売本数の多いレースゲームとして有名だ。そんな世界中のプレイヤーが夢中になって遊んだレースゲームで、過去に世界大会6度優勝という偉業を成し遂げた日本人がいる。

現在プロゲーマーとして活動しているNOBUO、その人だ。

華麗なドラテクと分析力で、マリオカートシリーズの大会で優勝を重ね、実況・解説の面では軽妙なトークと知識力で多くのプレイヤーから支持されている。

今回、彼の強さの秘訣について話を聞いたのだが、そこには波乱万丈の人生があった。幼少期に培った確固たるプロ意識、突如襲う難病、そして世界大会優勝。幼いころからレースゲームに邁進してきたNOBUOが、今でもコントローラーを握る、その背景と想いに迫った。

■NOBUO

広島県出身。プロゲーマー。マリオカートシリーズの名人として、TVなどメディアにも多数出演し、過去にマリオカートWiiの世界大会で6度の優勝を記録。

TeamGRAPHTのサポートを受けるプロゲーミングチーム「Radical⚡︎Stormerz」のリーダーを務めるほか、現在は松竹芸能事務所にも所属。精力的にゲーム実況・解説を行うほか、ゲーム誌「ニンテンドードリーム」ではライターとしても活動している。

Twitter:@GUM_nt2
YouTubeチャンネル:Radical Stormerz

【大会実績】

  • 「マリオテニス64」大阪大会 ベスト16
  • 「マリオカートアドバンス」グランプリ 2001 大阪大会午前の部 全国ベスト16
  • 「マリオカートアドバンス」モバイル全国優勝4冠
  • 「マリオカート ダブルダッシュ!!」任天堂ホームページ 全4連覇
  • 「マリオカートDS」公式タイムアタック大会 マリオサーキット優勝
  • 「マリオカートDS」ジャンプフェスタ 準優勝
  • 「マリオカートWii」世界大会6度優勝
  • 「マリオカート7」WHF’12Winterトーナメント優勝
  • 「マリオテニスオープン」WHF’12Summerチャンピオンシップトーナメント優勝
  • 「ウイニングイレブン2013」公式トーナメント優勝
  • 「マリオカート8」World cup’14 優勝(非公式)
  • 「マリオカート8」World cup’15 優勝(非公式)
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「忖度はやめて」…3歳で芽生えた闘争心

――:「マリオカート」シリーズのプロゲーマーとしてご活動されているNOBUOさんですが、(これまでの大会実績を見ながら)壮観ですね。

NOBUO:
1つのタイトルでは「マリオカートWii」の世界大会6度の優勝が最も多いです。最近はマリオカート関連の大会には出場していないですが、YouTubeで楽しみながら動画を投稿しています。というのも、現在非公式の大会しか行われておらず、公式大会がないため参加を見送っている形となります。

「大会には参加していない」とのことだが、その腕前は衰えることを知らない。
まずはNOBUO選手の華麗な走りを目に焼き付けてほしい。

――:最初にNOBUOさんのゲーム遍歴から話をうかがいますが、そもそも最初にゲームに触れたのはいつごろでしょうか。

NOBUO:
実は両親がゲーム好きだったこともあり、物心付いたときからゲームが近くにある生活でした。ファミコン(ファミリーコンピュータ)はもちろん、エポック社のカセットビジョンなど、すでにいくつかのゲーム機がありましたね。

なので、3歳のころから父親と一緒にゲームを遊んでいました。……いや、“遊ぶ”というよりかは、“勝つために”を意識しながらやっていましたね。
 
 
――:え、純粋に“遊ぶ”ではなく。

NOBUO:
はい。たとえば、父親と一緒に対戦ゲームをすると、僕を喜ばせようとしているのか、わざと手を抜くのです。でも子どもながら、その手を抜いたことがまた分かるんですよね。とにかくそれが嫌で、父親には「絶対に本気でやってくれ」と子どものときから強く訴えていました。


 
――:齢3歳、当時から闘争心剥き出しでゲームに興じていらしたのですね。

NOBUO:
そうですね。まあ、今でいうところの“忖度”をされるのが嫌だったのですよ。やるときはフェアに! ……ただ、振り返れば父親と一緒にゲームで遊んでいたことが、上を目指す意識付けになったと思います。
 
 
――:どういうことでしょうか。

NOBUO:
僕が4歳のころ、はじめて初代の「スーパーマリオカート」を遊びました。ですが、どうしてもレインボーロード(※)で1位が獲れなくて。

※レインボーロード:マリオカートシリーズでは、最終カップに登場する名物コース。コース距離が長かったり、障害物が迫ってきたリ、壁がなくて落下したりと、シリーズを通して高難度コースとして多くのプレイヤーを翻弄している。
 
 
――:初代のレインボーロードには壁がないですからね。

NOBUO:
ないですね。対戦で負けるというより、そもそも1人プレイのグランプリモードですら1位が獲れなかった。当時は4歳くらいなので、難しいと萎えてしまい「もう嫌だ!やめる!」と泣きながら途中リタイアをしようとしたのです。

すると、それをみていた父親が「自分がやりたくて始めたのに、難しかったら泣いてやめるのか。できるまでやれ!」と声をあげ、ものすごく怒られたのです。
 
 
――:ゲームプレイに対して真摯な回答ですね。なかなかそういう父親はいないと思います。

NOBUO:
えぇ。そこから父親が隣でアドバイスをくれたら、30分ほどで1位を獲ることができました。父親からは「やればできるでしょ。途中で投げ出さなかったから成功したんだよ」と教えられ、とても納得したのをよく覚えています。

以降、なにをするにしても、その言葉が物事を考える中心にあります。やりたくて始めたこと、そうでなくとも、嫌で辛い時期は必ず訪れます。そのときに逃げるのは簡単ですが、あとちょっとつづければ、もしかするとゴール目前だったかもしれない。しかし、諦めてしまうと、その道は閉ざされてしまう。

成功者・失敗者の分かれ目にもあると思いますが、この体験を通して、だいぶ早い時期に僕の頭の辞書から“諦める”という言葉が消えましたね。
 
 
――:幼いころに父親からゲームプレイへの思想を教わったのですね。

NOBUO:
はい。普通にゲームで遊ぶときも、「今日はこのゲームで〇〇という方法でクリアしよう」という目標を設定ました。
 
 
――:ちなみに、NOBUOさんはご兄弟はいらっしゃいますか。

NOBUO:
弟が1人、姉が2人の4姉弟です。姉たちはあまりゲームで遊びませんが。
 
 
――:賑やかそうですね。当時、マリオカート以外では、ほかにどういうゲームで遊んでいましたか。

NOBUO:
子どものころは、「ストリートファイターII」(以下、ストII)が爆発的な人気でしたので、よく父親と一緒に遊んでいました。ただ、このときも父親は明らかに手を抜いて、僕を勝たせようとしたのです。これまた1対1の格闘ゲームって、手を抜くとわかりやすいじゃないですか。

何度も「本気でやってほしい」と伝えましたが、それでも手加減するから、もう痺れを切らし、姉に頼んでストIIがうまい人を探してきてもらいました。すると、姉の友人である8歳くらい上の知らないお兄さんが見つかり、その人の家まで行って対戦してきました。
 
 
――:なんと(笑)。リアル「俺より強い奴に会いに行く」ですね。

NOBUO:
当時は実際に対戦していて、「そういえばこの人誰だ」…みたいな感じでしたよ(笑)。ただ、その対戦をきっかけに年齢や世代の垣根を越えて多くの方と仲良くなりました。

そういう意味では、年齢や職種問わず仲良くなれるという、ゲームが本来もつコミュニケーションツールの価値を、子どものころから強く感じていましたね。みんなでゲームを遊ぶときに、知らない人がいるのが当たり前でした。
 
 
――:子どもだったら、周りに年齢が上の人たちがいれば緊張するものですが。

NOBUO:
いや、緊張は全然しなかったですね。普通に遊んだゲームのことを話して、対戦して、「また来るよ」という感じです。結果的に、そこでゲームの腕は磨かれたと思います。
 
 

過去の自分と練習を繰り返す ゴーストの存在

――:初代マリオカートは、4歳のころに遊んでいたと仰っていましたね。そこから任天堂のハードが発売されるたびに、マリオカートシリーズも新作が続々と出ています。

NOBUO:
思えば初代のころから、ずっと、やっていますね。マイブームのようにすぐ過ぎ去ると思っていたのですが、「気が付くと遊んでいる」……というのがマリオカートシリーズでした。

【マリオカートシリーズ一覧】

タイトル 発売日 対応機種
スーパーマリオカート 1992年8月27日 スーパーファミコン
マリオカート64 1996年12月14日 NINTENDO64
マリオカートアドバンス 2001年7月21日 ゲームボーイアドバンス
マリオカート ダブルダッシュ!! 2003年11月7日 ニンテンドーゲームキューブ
マリオカートDS 2005年12月8日 ニンテンドーDS
マリオカートWii 2008年4月10日 Wii
マリオカート7 2011年12月1日 ニンテンドー3DS
マリオカート8 2014年5月29日 Wii U
マリオカート8 デラックス 2017年4月28日 Nintendo Switch

――:これまでもさまざまなゲームを遊んできたかと思いますが、シリーズを遊びつづけるきっかけはどういうものがあるのでしょうか。

NOBUO:
単純に面白いからですね。相手を抜かして1位になる気持ちよさ、楽しさ、それが自身のモチベーションにつながっていたと思います。マリオカート64からは、コントローラーパックというセーブデータを保存できる周辺機器が対応し、タイムアタックのゴースト(※)を保存できるようになりました。これを機に本格的にやり込むようになりましたね。

※ゴースト:タイムアタックで記録した走行ラインを再現するための機能。透明のため、レース中に接触することはない。シリーズには、あらかじめスタッフが走行したスタッフゴーストなども存在。
 
 
――:タイムアタックを繰り返し遊ぶということですか。

NOBUO:
それもそうですが、昨日できたことが今日できない。いわば“過去に自分が走ったゴーストを抜かすことができない”、ということがざらにあったのです。それが不思議でしたね。

ただ、何度か繰り返していくうちに、タイムを縮められる突破口のようなものが見えてくる瞬間があります。毎日やっていてもすぐに報われるわけではありませんが、やりつづけたことで自身の目標が達成される快感は、とにかく面白かったですね。
 
 
――:つねに過去の自分をライバル視して、腕を磨いていたのですね。

NOBUO:
ただ、その反動か、友達と一緒にマリオカートで遊ぶときは、僕が速すぎてもう相手にならなくなってしまいました……。友達からは「お前とやるとつまらない」といわれ、子どもながらに傷ついた覚えがありました。だから友達とゲームを遊ぶときは、なるべく初見のゲームで遊んでいました……って、気付いたら僕も忖度していましたね(笑)。


 
――:ははは(笑)。

NOBUO:
でも、実際に遊ぶときは、友達が得意なゲームをやるようにしていました。すると、その人の良さや強みがわかってきて、結果的に自身のプレイにも活かせることがありました。それに、新しいゲームを知るきっかけにもなりましたので、やはり友達と一緒にゲームを遊ぶのは楽しかったですね。
 
 
――:本格的に大会などに出場して、やり込もうと思ったのはいつごろですか。

NOBUO:
たしか小学2年生だったと思います。当時、マリオカート64ではタイムアタックを題材とした公式の全国大会がありました。イベントのようなひとつの場所に集まって競い合うものではなく、受付店舗にタイムをもって登録してもらう形でした。そして、これに参加したいと父親に相談したところ、まさかの大反対!
 
 
――:え、ゲームで遊ぶことに寛容なお父さんだったのに、なぜでしょうか。

NOBUO:
後々聞いた理由が、「早い段階で全国レベルを知ることで、挫折してしまわないか心配だった」と。
 
 
――:その理由がプロ意識を感じますね(笑)。

NOBUO:
まあ、自分としては大人たちに交じっても結果を出せる自信がありました。そんな父親の制止を振り切り、受付店舗にタイムをもっていきました。ただ、受付の締め切り日が過ぎてしまって結局登録することができなかったのです。

ただ、すでに全国ランキングが表示されていたので、自身のタイムと比較してみると、全国で7~8位の記録でした。結果的に登録ができなかったため、今となっては幻の成績でしたが、そのことを父親に報告したところ本当に驚いていましたね。これを機に父親は反対することはなくなりました。“井の中の蛙”だったのか、「この子にはやらせてもいいかもしれない」と思ったみたいです。
 
 
――:小学生のころだと「ゲームばっかりするな!」と叱られることも多そうですが。

NOBUO:
それはなかったですね。ただ、“ゲームをやらせてくれた”ことは、僕のことを信用してくれていた裏返しだと思っています。なので、きちんとそれに応えるために、学校から帰ってきても必ず先に宿題をやりましたし、両親は自営業で共働きだったので、家事は姉弟で分担してやっていました。そして、残った時間でゲームで遊んでいました。

やりたいことをやるうえで、やらなければいけないことを御座なりにすることはよくありません。その考え方が、子どものときからありましたね。
 
 
――:なるほど。では、イベント形式の大会に出場したのは。

NOBUO:
中学生になってからですね。2000年に「マリオテニス64」の大阪大会があり、当時広島県に住んでいたので、それに出場したのが最初です。大会ルールがダブルスの出場だったため、父親にお願いしてふたりで組むことになりました。予選を突破し、決勝トーナメントまで行くことはできたのですが、結果はベスト16で悔しい思いをしました。

ただ、初めて出場した大会には得たものもありました。それは、緊張をしてしまうことでした。勝ち上がっていくごとに、手が震えたり、凡ミスをしたり、普段できていたことが急にできなくなるという、精神的に押し潰されてしまう空気をリアルに体感しましたね。
 
 
――:初めての大会出場で空気に呑まれてしまったと。でも早いうちにその緊張を味わうことができたのは、あとになってはプラスに転じたかと思います。

NOBUO:
そうですね。そして、2001年にマリオカートアドバンスが発売されました。大阪で対戦大会もあったのですが、そこではベスト16。やはり優勝できなかったことは悔しかったですね。ただ、同作にはモバイルシステムGB(※)を活用した全国タイムアタックランキングが実装されていて、いろいろな人のゴーストをダウンロードできたのです。

※モバイルシステムGB:ゲームソフトのデータをはじめ、メーカーまたはプレイヤーがアップロートしたデータとのやり取りを行うサービス。モバイルアダプタGBを活用して、携帯電話とゲームボーイカラーおよびゲームボーイアドバンスを接続して遊ぶ。

そのランキングで、「まずは1コースでもいいから全国1位を獲る」という思いで始めてみたら、初日で1位になることができました。これが自信となり、次々とタイムを更新していき、期間中には最多で10コースほどで1位を制覇しました。そんな折、モバイルシステムGBを用いた初めての全国大会が開催されました。
 
 
――:それまではランキングでしたが、これが正式な大会という名目で行われたと。

NOBUO:
はい。これは絶対逃してはダメだと思い臨んだところ、ようやく優勝することができました。
 
 
――:おめでとうございます!

NOBUO:
ちなみに7歳離れている弟が3位でした。
 
 
――:えぇ!! 弟さんもなかなかの腕前ですね。

NOBUO:
弟は才能ありますね。その成績を機に、任天堂スペースワールド(※過去に任天堂が開催していたコンピュータゲームの展示会)2001のマリオカートアドバンスの大会に招待されました。上位3位までが招待枠でしたので、弟と一緒に行きました。その大会で僕は準決勝敗退でしたが、なんと弟がそこでも3位に。
 
 
――:兄を超えましたね。

NOBUO:
内心悔しかったのですが、それ以上にすごみを感じました。当時、弟は7歳だったのですが、緊張しなかったのでしょうね。心臓が強いというか、なんというか……。だって、幕張メッセの会場でマイク向けられて、大人数の前で「応援してください」って堂々といったんですよ。このメンタルはすごいな……と。ある意味、メンタルの強さは弟からも学びましたね。


 
――:弟さんとは、家のなかでもよく2人で練習していたのですか。

NOBUO:
えぇ、2人でずっと遊んでいました。たとえば、マリオカートアドバンスでは2人で別々のコースを研究しながら、「そっちのコースでなにか(新しいこと)発見した?」「こうしたら0.1秒速くなったよ」「よしやってみるわ」という感じで意見交換していました。
 
 
――:兄弟で切磋琢磨していたのですね。ちなみに弟さんは今なにをされていますか。

NOBUO:
現在は商社マンですね。エリートです(笑)。
 
 
――:じゃあもうゲームを一緒に遊ぶこともないのですね。

NOBUO:
いや、それがそうでもありません。昨年の話ですが、突然弟が「久々に一緒に遊びたい」と誘われて、ちょうどその時期にRAGE主催の「ウイニングイレブン 2017(以下、ウイイレ)」の2on2の大会があったので、一緒に出場しました。

ただ、弟はその大会で初めてウイイレを触りました。いわば初心者……ですが、結果は2人でベスト4でした。
 
 
――:その上達の早さ(笑)。

NOBUO:
予選中にいろいろ教えていたら意外といいところまで行けました(笑)。
 
 

マリオカート上達の近道とは

――:ちなみにご自身の大会実績に話を戻しますが、マリオカートアドバンスの大会後についてはいかがでしたか。

NOBUO:
その後は、先ほど話したモバイルシステムGBを用いた全国大会で4連覇しました。ただ、それ以降は大会自体はつづいてたいのですが、参加することをやめました。なんというか、自分のなかで刺激がなくなってしまって……。
 
 
――:連覇しつづけたゆえに、ですか。

NOBUO:
ですかね。あと2001年といえば、「大乱闘スマッシュブラザーズDX(以下、スマブラDX)」(ゲームキューブ)が発売された年でもありました。別の駆け引きを要するゲームのため、僕もよく遊んでいました。当時からスマブラDXでは、公式の全国大会が開催されていて、地元の広島大会でベスト8になることができました。

あまりやり込めていないタイトルでベスト8はすごいのかもしれませんが、1位を獲ることに慣れてしまったためか、これがまたすごく悔しくて。それからスマブラDXも必死に練習することにしました。

たとえば、対戦相手を募るときには、インターネット上の掲示板を活用し、「自分の家を解放したので、全然知らない人でも泊りに来てもOK」という形で投稿していましたね。
 
 
――:え、インターネット上の掲示板ですよね。「自宅を開放したので、スマブラの猛者たち求む」ということですか。

NOBUO:
そうです、そうです。自宅に招待しました。全然知らない人でもOKだと。
 
 
――:幼少期のストIIの話じゃないですけど、強くなるために積極的に猛者たちを引き入れたのですね(笑)。

NOBUO:
ただ、一緒にスマブラDXを遊んで、仲良くなって、ときに教えてもらって、思えばメリットだらけでしたね。改めて人とのつながりを深めることができました。

そして、2回目のスマブラDXの全国大会では、7位でした。結果的に優勝はできませんでしたが、得意ではないゲームでそこまで上り詰めたことは自信につながりましたね。得意なことで1位を獲るよりも、なにか特別な達成感を得ることができました。
 
 
――:別のタイトルで好成績をあげるのは、なかなかできることではありません。ご家族はもちろん、いろいろな人たちと切磋琢磨した結果、手にした実績ではありますね。

NOBUO:
はい。やはりゲームは最高のコミュニケーションツールです。自分のなかでは、今も昔もゲームはそうあるべきだと考えています。

よくゲームは世間的に悪いイメージをもたれることがありますが、それは“現実逃避+楽しい”という部分が変にクローズアップされたことが原因だと思います。一部ではゲームに夢中になることで引きこもり、コミュニケーション能力の低下を招くなど、批判的にいわれることもあります。

でも、ゲームはなにも悪くない。使い方、付き合い方をきちんとすれば、最大のコミュニケーションツールになります。ときとしてプレイヤー自身の心の改革をしていかなければ、世間のイメージは変えられないと思います。僕がプロゲーマーとして活動するのも、そうした改革の一因になればと考えています。


 
――:マリオカートといえば、国民的レースゲームです。それこそ老若男女、気軽に遊ぶ人もいれば、ガチ勢もいる裾野が広いタイトルですよね。1位になるための秘訣として、なにかすぐに実行できるテクニックがあれば、ぜひ教えてください。

NOBUO:
では、最新作のマリオカート8 デラックスを軸にお話させていただきます。同作では、コース上に落ちているコインを獲得することで、最大速度を上げることができます。そのため、1周目は後続でもいいからコイン集めに励み、2~3周目でキノコやスターをキープして上位を目指すのがセオリーですね。

勝ち方を知っている人同士だと、また戦略は変わってくると思いますが、脱・初心者という意味合いではこの方法が最も手っ取り早いかと思います。そのほか、繰り返し練習を経て速くなりたい人は、ゲーム内のゴーストと競い合ったり、上手い人のプレイを真似たり、コースごとの走り方や道筋を覚えるのも近道です。
 
 
――:やはりコースごとに理想的な走り方は固まっていくものなのですね。

NOBUO:
1位を走っているときはそうですが、2位以下になると、1位と同様の走り方をしていても、その道筋にバナナなどの障害物を置かれたら手元は狂います。カーブは距離を縮めやすい瞬間でもありますので、そこの立ち回りを強化して、慣れていくことが大切ですね。

あとは“勝ち”をどこに置くのかも重要です。練習の際、なにも1位にこだわる必要はありません。たとえば、1位、12位、1位、12位……と繰り返している人と、2位を獲りつづけている人では、明らかに後者のほうが安定していると思います。

それにマリオカートシリーズでは、レース中に1位を継続させるのは、かなりのリスクがあります。後続のプレイヤーからアイテムで攻撃されたり、スリップストリーム(※)を狙われたりと、1位から一気に順位を落とすこともありえます。だから、リスクの高い1位を獲りつづけることだけが上達の近道ではありません。まあ、マラソンみたいなものですね。

※スリップストリーム:前を走る車の後ろに付いて、一定時間走りを継続すると、風に包まれるエフェクトが発生し、一気に加速する。

NOBUO選手による勝ち方への立ち回りを解説した動画

 
家族の影響で幼いころから腕前が上達しただけではなく、プロ意識も芽生えたNOBUO選手。順風満帆な人生を歩んでいくのかと思いきや、突如彼に難病が襲う。絶望の淵をさまようなか、手を伸ばし掴んだのは、やはりコントローラーだった。後編では、NOBUO選手が考える“ゲームの在り方”について教えてもらった。

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写真・大塚まり
©2017 Nintendo

記者プロフィール
WPJ編集部
「ゲームプレイに対する肯定を」「ゲーム観戦に熱狂を」「ゲームに、もっと市民権を」
このゲームを続けてよかった!と本気で思う人が一人でも多く生まれるように。
ゲームが生み出す熱量を、サッカー、野球と同じようにメジャースポーツ同様に世の中へもっと広めたい。
本気で毎日そのことを考えている会社の編集部。

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